今回は効果研究論文を読むにあたって重要なことをまとめておく。研究法や統計に関しては筆者よりも詳しい人はいくらでもいる一方で、一般の人には役に立たない情報ということで、微妙な位置づけの記事になってしまうが、筆者の臨床実践の科学的信頼性をいくらか保証するものにはなるだろう。
効果研究とは何のためにあるのか
効果研究とは文字通り、心理療法の効果を実際に調べる研究であるが、まずそれが何のためになされるのかについて書いておきたい。なぜそういう論文を読むのかという目的が明確であれば、読み方についても筋の通った整理ができる。
実践のための目的
効果研究に限らないが、臨床心理学における論文は全て、実践の場に身を置く臨床家のために書かれるものである。臨床家は効果研究を参照することによって、どのような心理療法がクライエントのために最も助けになるかを知ることができる。臨床家は学術書のレビューや要約で済ませずに、効果研究論文をしっかり読み込むことで、同一の心理療法でもどのような手続き(実施手順などの構造化)がどのような結果につながるのかを知ることができ、クライエントのある程度の予後を推測したりもできるようになる。このような論文(最低でも学術書)の参照なしに自分好みの臨床を行うことは、臨床家として職業倫理にも反する、許されざる行為である。
研究上の目的
上述の実践における臨床家に心理療法の有効性を伝えるというのももちろん主な目的の一つであるが、研究上における効果研究は、より優れた心理療法を模索し、現在の心理療法を改善するために行われる。臨床心理学は真理の探究という側面よりもクライエントへの実際の援助という目的を持つ実践的な側面が強い学問であるため、目的と直結する結果を示す効果研究は最も重要な研究といえる。臨床心理学における全ての研究は、結局は効果研究のためにあるといっても過言ではないだろう。それにもかかわらず、これまでの日本の臨床心理学研究では、実質的な効果研究がほとんど行われてこなかった。外的妥当性を持つ一般的な仮説を提示することすらしない、自分の心理療法のただの感想文に過ぎないような事例研究ばかりが量産されてきたらしい。効果研究は常に学問の向上、実践の場で働く様々な臨床家が参照できるような、共有可能な知を高めていくためになされるものである。
社会的な目的
心理療法の実際の効果を客観的な事実として示すことは、臨床実践を一職業として社会に受け入れてもらうためにも重要なことである。これは筆者のような個人開業している臨床家にとっては広告戦略としても非常に重要な事柄であるのだが、周りを見渡してみると意外と誰も関心を向けていないことのように見える。というのも、公認心理師や臨床心理士はほとんどが病院や学校などの特定の機関で働くため、給料が社会的に保証されることによって、自らの仕事の信頼性を積極的に示すというインセンティブが働かない。これは大学に給料を保証してもらえる研究者も同様だろう。視野を転じて個人開業の領域に目を向けてみると、そこでカウンセラーとして働いている人たちのレベルは非常に低く、占いや自己啓発と変わらないような実践をしている人がほとんどである。このような個人開業で働く人達は、自らの不幸を雄弁に語ることによって同情を誘い、その不幸を克服したというストーリーを語ることによって信頼を得ようとする。また、自らの実践の有効性を示すのは、何の信憑性もない「実際に相談した方の声」の羅列である。何の根拠もない自分勝手なセラピーを、これまた根拠のない誘導的な仕方で宣伝するこのような風潮に、筆者は憤りを感じざるを得ないのだが、それもまたビジネスとして成り立っているらしい。
実存的心理療法と効果研究
心理療法の中には、単なる知的怠慢からではなく、明確に理論的な理由から効果研究に消極的な学派もある。筆者の専門とする実存的心理療法は、まさにその種の代表的な心理療法でもある。実存的心理療法は常に、集団や社会から独立した実存としての個人、個人の自由や主体性、責任を重視する。その立場からすると、効果研究が示す結果としての科学的本質は、個人としての実存とは相容れない。もちろん、効果研究の示すエビデンスは、心理療法を受けた人たちの平均された結果に過ぎない。また、どんなにエビデンスの優れた心理療法でも、クライエントの主体性がなければ成り立たない。しかし、実存的心理療法が本当に意味のある心理療法であるなら、効果研究にも必ず結果は反映されるはずである。
科学は人を対象とする限り、それには必ず限界がある。しかし、哲学は科学を批判してその限界を強調するだけでなく、科学に協力してその限界を広げる手助けもするべきだろう。実存的心理療法とエビデンスベイスドアプローチの関係に関しては、またいずれ一つの記事か、論文として、しっかり考察したい。
効果研究論文の読み方と題した記事なのに、前置きの段階で思ったより長くなってしまった。この記事で整理したように、効果研究には三つの目的があるとすると、その論文も三つの読み方ができるだろう。その中でも、実際の臨床実践に役立てるという観点から、効果研究を読む際の留意点を、次の記事で書く予定である。
効果研究とは何のためにあるのか
効果研究とは文字通り、心理療法の効果を実際に調べる研究であるが、まずそれが何のためになされるのかについて書いておきたい。なぜそういう論文を読むのかという目的が明確であれば、読み方についても筋の通った整理ができる。
実践のための目的
効果研究に限らないが、臨床心理学における論文は全て、実践の場に身を置く臨床家のために書かれるものである。臨床家は効果研究を参照することによって、どのような心理療法がクライエントのために最も助けになるかを知ることができる。臨床家は学術書のレビューや要約で済ませずに、効果研究論文をしっかり読み込むことで、同一の心理療法でもどのような手続き(実施手順などの構造化)がどのような結果につながるのかを知ることができ、クライエントのある程度の予後を推測したりもできるようになる。このような論文(最低でも学術書)の参照なしに自分好みの臨床を行うことは、臨床家として職業倫理にも反する、許されざる行為である。
研究上の目的
上述の実践における臨床家に心理療法の有効性を伝えるというのももちろん主な目的の一つであるが、研究上における効果研究は、より優れた心理療法を模索し、現在の心理療法を改善するために行われる。臨床心理学は真理の探究という側面よりもクライエントへの実際の援助という目的を持つ実践的な側面が強い学問であるため、目的と直結する結果を示す効果研究は最も重要な研究といえる。臨床心理学における全ての研究は、結局は効果研究のためにあるといっても過言ではないだろう。それにもかかわらず、これまでの日本の臨床心理学研究では、実質的な効果研究がほとんど行われてこなかった。外的妥当性を持つ一般的な仮説を提示することすらしない、自分の心理療法のただの感想文に過ぎないような事例研究ばかりが量産されてきたらしい。効果研究は常に学問の向上、実践の場で働く様々な臨床家が参照できるような、共有可能な知を高めていくためになされるものである。
社会的な目的
心理療法の実際の効果を客観的な事実として示すことは、臨床実践を一職業として社会に受け入れてもらうためにも重要なことである。これは筆者のような個人開業している臨床家にとっては広告戦略としても非常に重要な事柄であるのだが、周りを見渡してみると意外と誰も関心を向けていないことのように見える。というのも、公認心理師や臨床心理士はほとんどが病院や学校などの特定の機関で働くため、給料が社会的に保証されることによって、自らの仕事の信頼性を積極的に示すというインセンティブが働かない。これは大学に給料を保証してもらえる研究者も同様だろう。視野を転じて個人開業の領域に目を向けてみると、そこでカウンセラーとして働いている人たちのレベルは非常に低く、占いや自己啓発と変わらないような実践をしている人がほとんどである。このような個人開業で働く人達は、自らの不幸を雄弁に語ることによって同情を誘い、その不幸を克服したというストーリーを語ることによって信頼を得ようとする。また、自らの実践の有効性を示すのは、何の信憑性もない「実際に相談した方の声」の羅列である。何の根拠もない自分勝手なセラピーを、これまた根拠のない誘導的な仕方で宣伝するこのような風潮に、筆者は憤りを感じざるを得ないのだが、それもまたビジネスとして成り立っているらしい。
実存的心理療法と効果研究
心理療法の中には、単なる知的怠慢からではなく、明確に理論的な理由から効果研究に消極的な学派もある。筆者の専門とする実存的心理療法は、まさにその種の代表的な心理療法でもある。実存的心理療法は常に、集団や社会から独立した実存としての個人、個人の自由や主体性、責任を重視する。その立場からすると、効果研究が示す結果としての科学的本質は、個人としての実存とは相容れない。もちろん、効果研究の示すエビデンスは、心理療法を受けた人たちの平均された結果に過ぎない。また、どんなにエビデンスの優れた心理療法でも、クライエントの主体性がなければ成り立たない。しかし、実存的心理療法が本当に意味のある心理療法であるなら、効果研究にも必ず結果は反映されるはずである。
科学は人を対象とする限り、それには必ず限界がある。しかし、哲学は科学を批判してその限界を強調するだけでなく、科学に協力してその限界を広げる手助けもするべきだろう。実存的心理療法とエビデンスベイスドアプローチの関係に関しては、またいずれ一つの記事か、論文として、しっかり考察したい。
効果研究論文の読み方と題した記事なのに、前置きの段階で思ったより長くなってしまった。この記事で整理したように、効果研究には三つの目的があるとすると、その論文も三つの読み方ができるだろう。その中でも、実際の臨床実践に役立てるという観点から、効果研究を読む際の留意点を、次の記事で書く予定である。
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