今回は1990年代末からウォン(wong)によって理論化された、意味中心カウンセリング・心理療法(MCCT)について概説する。日本の文献ではMCCTについて部分的な言及はいくつかあるが、全体的な解説はまだなされていない。
意味に関する理論的前提
ウォンはMCCTに先行する基礎研究(Reker&Wong,1988)で、意味は動機、概念的枠組み、情動の三つの要素によって成り立っているというモデルを提示し、このモデルは初期のMCCT(Wong,1997;Wong,1998)において基礎理論として採用されていた。
より最近のMCCTの論文(Wong,2010;Wong,2015)では、先の三つの要素に責任性を加え、目標(purpose)、理解(understanding)、責任性(responsible action)、評価(evaluation)の四つの要素から意味が構成されるというPURE理論を採用するようになる。
理論
初期の理論(Wong,1998)では、実存的帰属、実存的コーピング、ライフタスクという三つの基礎概念が提示され、より最近の理論(Wong,2010)では、意味管理理論とデュアルシステムモデルという二つの概念的枠組みが提示されている。
実存的帰属
心理学で帰属といえば、人が物事の原因を認識する様式である原因帰属の理論が有名である。これに対して実存的帰属とは、物事の原因ではなく、行動の理由を認識する様式を意味する。仕事がうまくいかないとき、なぜ仕事がうまくいかないのか?と問うと同時に、なぜこの仕事をしなければならないのか?と問うように、実存的帰属は原因帰属と並んで作用する認知プロセスである。
実存的コーピング
コーピングとは、ストレスコーピングという言葉があるように、心理学では特定の問題に対する対処方略を意味する。実存的コーピングとは、問題を無理に変えようとするのではなく、まず現実として受け止め、次にその中にポジティブな意味も見つけていこうとする対処方略である。
ライフタスク
生きる意味や目的を扱うといっても、そのような問題はとても抽象的で曖昧な問題である。一般的に人はそのようなことを深く考えず、自覚的でない場合も多い。そのような場合には、人が実際の生活で行っている仕事や趣味から、その実存的な生き方を理解することが有効な方法となる。
意味管理理論
意味管理理論とは、生きる意味が人の適応の中心的役割を担うと考える理論で、2004年に出版された実験実存心理学ハンドブックへのレビュー(Wong,2005)で、恐怖管理理論に替わる理論として提案されたものである。恐怖管理理論では、人間の動機を説明する本質的な要素として、死の恐怖の回避が重要視されるが、意味管理理論では、意味の役割が重要視される。そのため、「伝統的な実存的心理療法は実存的不安、特に死の不安の低減に焦点を当てるのに対して、MCCTでは人生を意味を与えるものに焦点をあてる」(Wong2012)。上述の実存的帰属などの三つの概念は、こうした人の意味に関する側面を捉えるものであるとみなすことができる。この理論はフランクルの意味への意志という理念を忠実に受け継いだものといえるだろう。
デュアルシステムモデル
デュアルシステムモデルとは、適応を不幸の回避と幸福への接近という二つの側面から捉えるモデルであり、従来の臨床心理学と近年発展してきたポジティブ心理学を統合した見方である。このモデルからすると、不幸な出来事にも成長につながるポジティブな側面があり得るし、幸福な出来事にも、それによって引き起こされる課題やリスクがあり得る。この二つの側面は互いに複雑な関連を持っており、一方の状況が他方の状況に影響力を持つ。そのため、アセスメントから介入、結果の評価まで、この双方の側面からの理解は常に重要性を持つ。MCCTにおける介入戦略では、ポジティブな側面への介入がPURE理論に相当し、ネガティブな側面への介入がABCDE理論に相当する。
アセスメント技法
Wong(2015)は、MCCTにおける意味に関する心理検査について、以下の六つを紹介している。
・個人意味プロフィール(Personal Meaning Profile,PMP)
・生活方向性スケール(Life Orientation Scale,LOS)
・基本的心理学的必要性アセスメントスケール(Basic Psychological Needs Assessment Scale,BPNAS)
・意味への問いスケール(Quest for Meaning Scale,QMS)
・死への態度プロフィール(Death Attitudes Profile,DAP)
・悲劇的楽観主義(Tragic Optimism,LAS)
これらの心理検査の内、特にPMPは初期から用いられてきたものであり、介入技法としても紹介されている(Wong,1998)。
介入技法
MCCTで用いられる技法には、オリジナルのものから他学派の心理療法のものまで含めて、様々なものがある。Wong(1998)では9の技法が提示され、Wong(1999)では30の技法が提示されている。より最近のWong(2010)以降の論文では、PURE理論とABCDE理論という二つの統合的枠組みが示されるようになった。Wong(2015)では、PURE理論とABCDE理論の他に、ダブルビジョン戦略と内的自尊感の開拓の二つが挙げられている。
PUREモデル
上述の意味概念に関する解説でも述べたように、PURE(目標、理解、責任性、評価)とはMCCTにおける生きる意味概念の四つの構成要素であり、介入もこのそれぞれの要素に対して行われる。Wong(2010)はそれぞれの要素に対してクライエントの理解を深める質問をいくつか用意している。
ABCDEモデル
ABCDEモデルというと、エリスの論理療法をイメージする人もいるかもしれないが、MCCTのモデルはそれとは全く関係がない。しかし、アクセプタンス&コミットメントセラピーとは類似性を持つとウォンは述べている。実際にABCDEモデルにおけるAとCはアクセプタンスとコミットメントを表しているのであり、ACTとは理論的枠組みを共有している部分がある。ABCDEはそれぞれ、アクセプタンス(Acceptance)、信念と肯定(Belief and affirmation)、特定の目標と行動へのコミットメント(Commitment)、新たな意味と理解の発見(Discovering new meaning and understanding)、結果の評価と肯定的結果の享受(Evaluation the outcome and enjoying positive results)を表している。
内的自尊感の開拓(Cultivation of intrinsic self-worth)
内的自尊心の開拓を目指すアプローチでは、普段の生活における価値にクライエントが意識的になれるよう援助する。価値を深めることのできる領域には、関係性、独自性、成長、スピリチュアリティの四つがある。
ダブルビジョン戦略
ダブルビジョン戦略とは、問題そのものだけでなく、問題が部分として含まれるような全体をも常に視野に含めることを意味するWong(1998)で提示された、問題の文脈化(Contextualizing the Problem)や、帰属探査(Attributional Probing)は、このような全体的な視点を持つための技法だと見なすことができるだろう。
まとめ
筆者から見たMCCTに対する現在の評価を簡潔に述べておきたい。
まず、MCCTの成し遂げた成果について
1、MCCTは意味を認知的要素や動機的要素から構成されるような、心理的な概念と捉える。それによって、意味を実証的心理学において研究することが可能になった。
2、MCCTは社会心理学における原因帰属理論や認知心理学におけるコーピング理論を用いて、人と生きる意味の関係を捉える。これによって、意味の問題を既存の幅広い心理学の領野に結びつけて明らかにしていくアプローチを推進した。
3、上述の理論的進展もあって、心理療法において生きる意味を扱う、多くの具体的な方法が開発された。
次に、これからの課題として
1、MCCTには哲学の分野に関する言及がほとんど見られない。しかし、生きる意味という問題は究極的な問いである以上、哲学的な省察の余地が大きい問題でもある。おそらく、MCCTは哲学という分野との協働を進めることによって、研究、実践双方に大きな利益を得ることができるだろう。
2、MCCTには具体的なものからある程度のオリエンテーションを示すものまで、非常に多くの理論と技法がある。しかし、これらの技法をどう扱うかに関しては、まだ体系化が不十分なところがあるように思われる。問題をどのようにケースフォーミュレーションし、どの技法をどの順番で、どのように用いるのか、実践でMCCTを用いていくにはこれらの問題のさらなる検討が必要だろう。
Greenberg, J., Koole, S. L., & Pyszczynski, T. A. (Eds.). (2004). Handbook of experimental existential psychology. Guilford Press.
Reker, G. T., & Wong, P. T. (1988). Aging as an individual process: Toward a theory of personal meaning.
Wong, P. T. P. (1997). Meaning-centered counseling: A cognitive-behavioral approach to logotherapy. The International Forum for Logotherapy, 20(2), 85-94.
Wong, P. T. P. (1998). Meaning-centred counselling. In P. T. P. Wong, & P. Fry (Eds.), The human quest for meaning: A handbook of psychological research and clinical applications (pp. 395-435). Mahwah, NJ: Erlbaum.
Wong, P. T. P. (1999). Towards an integrative model of meaning-centered counseling and therapy. The International Forum for Logotherapy, 22, 48-56.
Wong, P. T. P. (2005). The challenges of experimental existential psychology: Terror management or meaning management? [Review of the book Handbook of experimental existential psychology]. PsycCRITIQUES, 50(52).
Wong, P. T. P. (2010). Meaning therapy: An integrative and positive existential psychology. Journal of Contemporary Psychotherapy, 40(2), 85-99.
Wong, P. T. (2012). From logotherapy to meaning-centered counseling and therapy. The human quest for meaning: Theories, research, and applications, 2, 619-647.
Wong, P. T. P. (2015). Meaning therapy: Assessments and interventions. Existential Analysis, 26(1), 154-167.
意味に関する理論的前提
ウォンはMCCTに先行する基礎研究(Reker&Wong,1988)で、意味は動機、概念的枠組み、情動の三つの要素によって成り立っているというモデルを提示し、このモデルは初期のMCCT(Wong,1997;Wong,1998)において基礎理論として採用されていた。
より最近のMCCTの論文(Wong,2010;Wong,2015)では、先の三つの要素に責任性を加え、目標(purpose)、理解(understanding)、責任性(responsible action)、評価(evaluation)の四つの要素から意味が構成されるというPURE理論を採用するようになる。
理論
初期の理論(Wong,1998)では、実存的帰属、実存的コーピング、ライフタスクという三つの基礎概念が提示され、より最近の理論(Wong,2010)では、意味管理理論とデュアルシステムモデルという二つの概念的枠組みが提示されている。
実存的帰属
心理学で帰属といえば、人が物事の原因を認識する様式である原因帰属の理論が有名である。これに対して実存的帰属とは、物事の原因ではなく、行動の理由を認識する様式を意味する。仕事がうまくいかないとき、なぜ仕事がうまくいかないのか?と問うと同時に、なぜこの仕事をしなければならないのか?と問うように、実存的帰属は原因帰属と並んで作用する認知プロセスである。
実存的コーピング
コーピングとは、ストレスコーピングという言葉があるように、心理学では特定の問題に対する対処方略を意味する。実存的コーピングとは、問題を無理に変えようとするのではなく、まず現実として受け止め、次にその中にポジティブな意味も見つけていこうとする対処方略である。
ライフタスク
生きる意味や目的を扱うといっても、そのような問題はとても抽象的で曖昧な問題である。一般的に人はそのようなことを深く考えず、自覚的でない場合も多い。そのような場合には、人が実際の生活で行っている仕事や趣味から、その実存的な生き方を理解することが有効な方法となる。
意味管理理論
意味管理理論とは、生きる意味が人の適応の中心的役割を担うと考える理論で、2004年に出版された実験実存心理学ハンドブックへのレビュー(Wong,2005)で、恐怖管理理論に替わる理論として提案されたものである。恐怖管理理論では、人間の動機を説明する本質的な要素として、死の恐怖の回避が重要視されるが、意味管理理論では、意味の役割が重要視される。そのため、「伝統的な実存的心理療法は実存的不安、特に死の不安の低減に焦点を当てるのに対して、MCCTでは人生を意味を与えるものに焦点をあてる」(Wong2012)。上述の実存的帰属などの三つの概念は、こうした人の意味に関する側面を捉えるものであるとみなすことができる。この理論はフランクルの意味への意志という理念を忠実に受け継いだものといえるだろう。
デュアルシステムモデル
デュアルシステムモデルとは、適応を不幸の回避と幸福への接近という二つの側面から捉えるモデルであり、従来の臨床心理学と近年発展してきたポジティブ心理学を統合した見方である。このモデルからすると、不幸な出来事にも成長につながるポジティブな側面があり得るし、幸福な出来事にも、それによって引き起こされる課題やリスクがあり得る。この二つの側面は互いに複雑な関連を持っており、一方の状況が他方の状況に影響力を持つ。そのため、アセスメントから介入、結果の評価まで、この双方の側面からの理解は常に重要性を持つ。MCCTにおける介入戦略では、ポジティブな側面への介入がPURE理論に相当し、ネガティブな側面への介入がABCDE理論に相当する。
アセスメント技法
Wong(2015)は、MCCTにおける意味に関する心理検査について、以下の六つを紹介している。
・個人意味プロフィール(Personal Meaning Profile,PMP)
・生活方向性スケール(Life Orientation Scale,LOS)
・基本的心理学的必要性アセスメントスケール(Basic Psychological Needs Assessment Scale,BPNAS)
・意味への問いスケール(Quest for Meaning Scale,QMS)
・死への態度プロフィール(Death Attitudes Profile,DAP)
・悲劇的楽観主義(Tragic Optimism,LAS)
これらの心理検査の内、特にPMPは初期から用いられてきたものであり、介入技法としても紹介されている(Wong,1998)。
介入技法
MCCTで用いられる技法には、オリジナルのものから他学派の心理療法のものまで含めて、様々なものがある。Wong(1998)では9の技法が提示され、Wong(1999)では30の技法が提示されている。より最近のWong(2010)以降の論文では、PURE理論とABCDE理論という二つの統合的枠組みが示されるようになった。Wong(2015)では、PURE理論とABCDE理論の他に、ダブルビジョン戦略と内的自尊感の開拓の二つが挙げられている。
PUREモデル
上述の意味概念に関する解説でも述べたように、PURE(目標、理解、責任性、評価)とはMCCTにおける生きる意味概念の四つの構成要素であり、介入もこのそれぞれの要素に対して行われる。Wong(2010)はそれぞれの要素に対してクライエントの理解を深める質問をいくつか用意している。
ABCDEモデル
ABCDEモデルというと、エリスの論理療法をイメージする人もいるかもしれないが、MCCTのモデルはそれとは全く関係がない。しかし、アクセプタンス&コミットメントセラピーとは類似性を持つとウォンは述べている。実際にABCDEモデルにおけるAとCはアクセプタンスとコミットメントを表しているのであり、ACTとは理論的枠組みを共有している部分がある。ABCDEはそれぞれ、アクセプタンス(Acceptance)、信念と肯定(Belief and affirmation)、特定の目標と行動へのコミットメント(Commitment)、新たな意味と理解の発見(Discovering new meaning and understanding)、結果の評価と肯定的結果の享受(Evaluation the outcome and enjoying positive results)を表している。
内的自尊感の開拓(Cultivation of intrinsic self-worth)
内的自尊心の開拓を目指すアプローチでは、普段の生活における価値にクライエントが意識的になれるよう援助する。価値を深めることのできる領域には、関係性、独自性、成長、スピリチュアリティの四つがある。
ダブルビジョン戦略
ダブルビジョン戦略とは、問題そのものだけでなく、問題が部分として含まれるような全体をも常に視野に含めることを意味するWong(1998)で提示された、問題の文脈化(Contextualizing the Problem)や、帰属探査(Attributional Probing)は、このような全体的な視点を持つための技法だと見なすことができるだろう。
まとめ
筆者から見たMCCTに対する現在の評価を簡潔に述べておきたい。
まず、MCCTの成し遂げた成果について
1、MCCTは意味を認知的要素や動機的要素から構成されるような、心理的な概念と捉える。それによって、意味を実証的心理学において研究することが可能になった。
2、MCCTは社会心理学における原因帰属理論や認知心理学におけるコーピング理論を用いて、人と生きる意味の関係を捉える。これによって、意味の問題を既存の幅広い心理学の領野に結びつけて明らかにしていくアプローチを推進した。
3、上述の理論的進展もあって、心理療法において生きる意味を扱う、多くの具体的な方法が開発された。
次に、これからの課題として
1、MCCTには哲学の分野に関する言及がほとんど見られない。しかし、生きる意味という問題は究極的な問いである以上、哲学的な省察の余地が大きい問題でもある。おそらく、MCCTは哲学という分野との協働を進めることによって、研究、実践双方に大きな利益を得ることができるだろう。
2、MCCTには具体的なものからある程度のオリエンテーションを示すものまで、非常に多くの理論と技法がある。しかし、これらの技法をどう扱うかに関しては、まだ体系化が不十分なところがあるように思われる。問題をどのようにケースフォーミュレーションし、どの技法をどの順番で、どのように用いるのか、実践でMCCTを用いていくにはこれらの問題のさらなる検討が必要だろう。
Greenberg, J., Koole, S. L., & Pyszczynski, T. A. (Eds.). (2004). Handbook of experimental existential psychology. Guilford Press.
Reker, G. T., & Wong, P. T. (1988). Aging as an individual process: Toward a theory of personal meaning.
Wong, P. T. P. (1997). Meaning-centered counseling: A cognitive-behavioral approach to logotherapy. The International Forum for Logotherapy, 20(2), 85-94.
Wong, P. T. P. (1998). Meaning-centred counselling. In P. T. P. Wong, & P. Fry (Eds.), The human quest for meaning: A handbook of psychological research and clinical applications (pp. 395-435). Mahwah, NJ: Erlbaum.
Wong, P. T. P. (1999). Towards an integrative model of meaning-centered counseling and therapy. The International Forum for Logotherapy, 22, 48-56.
Wong, P. T. P. (2005). The challenges of experimental existential psychology: Terror management or meaning management? [Review of the book Handbook of experimental existential psychology]. PsycCRITIQUES, 50(52).
Wong, P. T. P. (2010). Meaning therapy: An integrative and positive existential psychology. Journal of Contemporary Psychotherapy, 40(2), 85-99.
Wong, P. T. (2012). From logotherapy to meaning-centered counseling and therapy. The human quest for meaning: Theories, research, and applications, 2, 619-647.
Wong, P. T. P. (2015). Meaning therapy: Assessments and interventions. Existential Analysis, 26(1), 154-167.
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