今回はカウンセリング・心理療法を受けようか検討している方に向けて、認知行動療法についての簡単な説明を書いておこうと思います。具体的な個々の技法や、個別の問題への適用や効果といったより詳しい事柄についてはまた後日記事を書いていきます。

認知行動療法とは何か?
認知行動療法とは、元々認知療法と行動療法として別のものであった二つの心理療法を統合したもので、様々な問題への汎用性と臨床実験によって効果が支持されているという実証姓という二つの点を共に実現している、ほぼ唯一の心理療法です。以下、認知療法と行動療法それぞれの基本的な原理、効果などについて説明します。

認知療法とは何か?
認知療法とは、ものの見方や考え方をより適応的なものにするため、物事に対する認識の把握、検討、修正を行っていく心理療法です。例えば、仕事において何か失敗をしたとします。失敗をしたというのは一つの事実ですが、それを偶然の失敗であると捉えるか、自分が無能であったために起きた失敗であると捉えるか、というように、その事実の捉え方には複数の可能性があります。認知療法では、相談者さんがより楽な気分になれたり、自信を持てたり、適切な行動ができるようなることを目標として、こうした複数の捉え方の中でもより適切な捉え方ができるようになるよう、相談者さんを援助します。

物事に対する認識を修正するといっても、カウンセラーが相談者さんのものの見方を論破する、ということではありません。ここで目標とされるのは、相談者さん自身が自分の認識を適切に検討できるようになることです。そのため認知療法では、相談者さんがまず自分の気持ちや考えに気づけるようになることから始め、その自分の考え以外にはどのような考えがあり得るかを考えてみるというように、認知の修正のプロセスを順に、相談者さんと共に追っていきます。

また、認識に介入するということは、単にポジティブに考えるということでもありません。ただ単にポジティブに考えても、それが非現実的で誤った考え方であれば、結局は社会の中で上手く生きていくことはできなくなります。そのため、認知療法はただ認識を変えるのではなく、現実検討に基づいてそれを修正するのです。
他方で、適切な認識を持っても不安や悩みを克服できない問題というものもあります。そうしたものの代表が、死や人生の無意味さで、人が誰しもいつかは死ぬというのはまぎれもない事実ですし、意味のある生き方というのにはそもそも適切な認識といえるような正解はありません。こうした問題に対しては認知行動療法よりも実存的心理療法が有効になってきます。

行動療法とは何か?
認知療法では認知を修正することが目標とされますが、行動療法では必ずしも行動を変容することが目標となるわけではなく、行動という概念も物理的な意味での行動のみを意味するわけではありません。
行動療法で目標となるのは、Aが起きたらBになる、というような心理的に形成された出来事間のパターンを変容することです。このパターンは思考や認識とは別に反復によって形成されるものであり、心理学史上ではこのパターン形成によって恐怖症を再現する、という実験も行われたことがありました。それがアルバート坊やの実験で、この実験では子どもの前にねずみを置き、子どもがねずみに触ろうとすると大きな音を出して怖がらせる、という過程が繰り返されました。その結果、子どもは大きな音がしなくなってもねずみが置かれただけで怖がるようになり、ねずみ恐怖症が形成されたのでした。このようなねずみー大きな音、といったような関係パターンは実験の外の日常でも、偶然によって形成されることがあり、そのようなパターンに介入するのが行動療法です。
行動療法で具体的に行うことは、不安の原因となっている事柄に少しずつ関わってみて、結果的にそれが安全であることを確認したり、本来は楽しいと思われる事柄を実際に実行してみて、結果的にどう気分が変化したかを確認したりします。カウンセリングの場では相談者さんはカウンセラーと共に、認知や感情、行動を問題ごとに整理し、どのように行動するかという具体的な計画を立て、その結果について話し合っていきます。

最新の心理療法
最近では、マインドフルネス認知療法や、メタ認知療法、アクセプタンス&コミットメントセラピー、弁証法的行動療法という心理療法の名前を聞いたことがある人も多いかもしれませんが、これらの心理療法も認知行動療法の一種です。これらの心理療法は近年理論化された最新の認知行動療法ですが、新しい分従来の認知行動療法と比べるとまだ理論的統合の枠組みの議論や効果研究の蓄積が十分でないところもあります。筆者の見るところでは、これらの心理療法には共通した要素も多く、さらに数十年後には一つの心理療法として統合が進んでいくのではないかと思います。

認知行動療法の効果
元々行動療法は、精神分析には本当に心理的問題を治療する効果があるのか?といった問題意識を大きな背景として発展してきたのもあって、認知行動療法は常に自らの心理療法としての効果に意識的であり、実際にそれを臨床実験によって証明してきました。有斐閣の『臨床倫理学』(1)には、アメリカ心理学会によって公表されている、実証的研究によって効果が支持されている心理療法の一覧表がそのまま訳出されて載せられているので、機会がある方は一読してみてください。この表ではほとんど全ての精神障害、心理的問題に対して認知行動療法が挙げられているのに対して、精神分析や来談者中心療法、催眠療法やゲシュタルト療法は一つも入っていません。心理学の本や教科書では、これらの心理療法は認知行動療法と同等であるかのように並んで紹介されていますが、それらはあくまで理論的、歴史的な知識として重要なだけであって、実際の効果という点では認知行動療法と非常に大きな差があるのです。

一人でもできる認知行動療法
実は、認知行動療法はカウンセリングの場に赴いてカウンセラーにしてもらわなくても、自分一人でできるものです。むしろ、カウンセリングではこの認知行動療法を一人でできるようになることが目標であるともいえます。実際に認知行動療法を一人で行うための本が多く出版されており(2)、スマホアプリまで開発されています。このように自分で心理療法を行うことを目的としたツールが多く開発されているというのは、他の精神分析などの心理療法ではあり得ないことで、中々面白い特徴といえます。
それではなぜわざわざカウンセリングで認知行動療法を受ける必要があるのかということですが、それには多くの理由が考えられます。以下に、その内の三つの利点について簡単に書いておきます。
1、そもそも一人で認知行動療法を実行するのが難しい場合
認知行動療法は一人でもできるといっても、認知行動療法の中にも多く技法があり、問題ごとにも適用の仕方が異なってくるため、やはりそれを行うにはある程度の勉強とスキルが必要になってきます。特に大きな心理的悩みを抱えてほとんどのことが手につかないような場合、認知行動療法も例外ではありません。そのような場合、カウンセラーは認知行動療法の最も最適なやり方を相談者さんの問題に合わせて具体的に提案することで、相談者さんを助けることができます。
2、問題が複雑な場合
いくら認知行動療法が研究によって効果が支持されているといっても、それぞれの研究で対象となっている相談者の人たちは研究の目的に合わせて集められた人たちで、支持された効果は単純な問題に対する効果でしかありません。実際の心理的悩みには、投薬を必要とするような精神医学的問題、心の外における対人的、社会的問題が絡んでいることもあり、単純に認知行動療法を行うことがそのまま解決にならないことも多くあります。カウンセラーはその種の専門的知識とアセスメントの技術によって、このような問題を適切に整理し、最も最適な方針を提案することができます。
3、動機付けを高めることができる
実際にカウンセラーの元でカウンセリング・心理療法を受けるということは、悩みを解決するということそれ自体だけでなく、悩みを解決しようというやる気や希望を得るということにも役立ちます。認知行動療法はつぶさに自分の気持ちや考えを記録したり、不安なことにあえて挑戦したりと、大変なこともありますが、毎回のセッションで会うカウンセラーの励ましや、カウンセリング費用がかかっているから早く解決しなければならないという責任感は、悩みをより短期的に有効に解決する推進力になるでしょう。

(1)丹野、石垣、毛利、佐々木、杉山(2015)『臨床心理学』有斐閣pp.36
(2)このような自ら行う認知行動療法を目的とした本としては、以下のようなものがある。
  大野裕(2003)『こころが晴れるノート:うつと不安の認知療法自習帳』創元社
  伊藤絵美(2020)『セルフケアの道具箱』晶文社